薬物依存症は精神疾患の1つで、脳内の神経伝達物質として報酬系などに作用する薬物である「脳に直接作用する物質」に対する依存が多い状態です。ほかの依存症には、脳内麻薬が多量に分泌する「状況への依存」(ギャンブル依存症、ショッピング依存症など)や「人間関係の依存」(共依存など)があります。医学上は、あらゆる薬物への依存が薬物依存症に含められます。また「薬物」を法制上禁止されている薬物という意味合いに捉え、特に麻薬や違法とされる向精神薬、覚せい剤などによる薬物依存症のことを指す言葉として用いられることもあります。一般的に幻覚剤には強い依存性はなく、さらに他の薬物の依存症の治療に良好な結果が見られるものもあるとされています。薬物依存の症状としては、精神的依存と身体的依存があります。


精神依存

使用のコントロールができなくなる症状。使用を中止すると、精神的離脱症状として強い不快感を持ち、該当物質を探すなどの行動がみられます。

身体依存

使用を中止することで痙攣などの身体的離脱症状(退薬症状、いわゆる「禁断症状」)が出現することがあります。 薬物依存症は、意志や人格に問題があるというより、依存に陥りやすい脳内麻薬分泌を正常に制御できない状況が引き起こした「病気」です。「まだ大丈夫」と問題性を否認しているうちに、肉体・精神・実生活を徐々に破壊していきます。家族などの周囲をも巻きこみながら進行し、社会生活や生命の破滅にいたることも稀でありません。また、精神疾患の強迫性障害に伴う気分変調を紛らわすという目的で薬物に依存し、アルコール依存症などに陥る場合もあります。それだけでなく、ニコチンに対する依存症である喫煙のように、依存者自身やその周囲にいる他者へ受動喫煙として悪影響を与えることで、生活習慣病や重大な死因、気管支の疾患や胎児へ影響し、健康に対する影響が社会的に甚大である薬物もあります。アルコールへの依存も、未成年者の脳の発育や胎児、生活習慣病や肝臓の疾患に影響します。これらを日本での社会的な費用に換算すると、喫煙は社会全体で約4兆円の損失、アルコールは社会全体で医療費や収入減などを含め約6兆6千億円になるとされています。.

 

お宮参りは赤ちゃんが健やかに育つように神様に祈る行事です。男の子は生後31日目、女の子は生後32日目が良いとされますが、生後1ヶ月頃になったら母親の体調や天候など都合の良い時を見つけて神社に行きます。生後1ヶ月の時期が夏や冬だと母親や赤ちゃんに負担がかかるので、季節を大きくずらすこともあります。家族で近所の神社に行くだけでもお宮参りになりますが、神社に予約を入れて祝詞をあげるのが一般的です。まず境内の手洗い場で手を洗って口もすすぎます。お賽銭をして鈴を鳴らし2礼します。そして柏手を2回打って、1礼します。服装は母方の実家から送られた祝儀を赤ちゃんに着せますが、実際に参拝をするのは父方の祖母であるなど、両家の役割が曖昧になりつつあり、全員で神社を訪れることもあります。主役は赤ちゃんなので、祖母や両親の服装は華美でないものを選びます。お宮参りをしたら赤飯を作ったり、親戚と一緒に食事をしたりします。

白寿祝いの由来と歴史

白寿祝いは99歳のお祝いです。昔は人の寿命が今よりずっと短かったことは、皆さんもご存じでしょう。そのため、古代中国では40歳から10年ごとに長寿を祝っていた時代もあったといいます。そうした習慣が伝わってきたのが日本の白寿祝いの起こりです。その後、平均寿命が延びて行くとともに、77歳=喜寿からの長寿祝いが日本で独自に発生。白寿もその一つです。ただし、その習慣が定着した時期については、実のところはっきりしていません。ただ、70歳の古希祝いが発生したのが室町時代と推定されていますから、それ以降であることは確かでしょう。

白寿のお祝いに関しては、白い着物の他、記念のギフトを贈る人も多いです。お酒の好きな人には、お祝いの言葉を書いた新潟の純米酒はどうでしょうか。酒飲みやとっくり、などもプレゼントには最適です。99才まで生きた先人に敬意を表し、素敵なお祝いになることをしてあげてください。白寿祝いとして新潟の純米酒をプレゼントすればとっても喜んでもらえると思います。ついでに白いちゃんちゃんこを着てもらって祝い、白寿祝いには白寿の記念に写真を撮るのがいいかもしれません。

白寿祝いに贈りたいプレゼント

白寿祝いに送られる物は、白寿祝いというだけあって色の白い物を渡す習慣があります。還暦には「赤いちゃんちゃんこ」を贈るのが一般的と言われていますが、白寿には「白いちゃんちゃんこ」を贈るのが一般的です。白いちゃんちゃんこに白い扇子や帽子などを合わせて送る事が昔は多かったそうです。白寿祝いには白いちゃんちゃんこを着てもらって祝い、白寿の記念に写真を撮るのがいいかもしれません。ついでに白寿祝いとして新潟の純米酒をプレゼントすればとっても喜んでもらえると思います。

白寿祝いに渡す祝儀袋の表には、「祝白寿」「白寿御祝」「寿福」などを書くのが一般的と言われています。また、白寿のお祝い金(ご祝儀)を包む祝儀袋ですが、紅白または金銀の蝶結びのものが良いようです。白寿祝いでご祝儀を贈る場合のルールとして、 普段はちょっと気にしていないルールですが、 少し覚えておくと、役に立つかもしれません。

一生に一度のお祝い『還暦祝い』とは?

還暦=60歳を祝うのには干支に大きな関係があります。一般的に「干支」といえば、子(ね)から始まる12種類だけを考えてしまいますが、正式な干支とは、「甲(きのえ)」から始まり、「癸(みずのと)」で一回りとなる「十干」が組み合わさった「十干十二支」を指します。一例をあげれば「丙午(ひのえうま)」。あまりうれしくない使い方をされることが多いのですが、十干十二支の言い方の中で一番知られているものでしょう。この十干と十二支それぞれを同じ年をスタート地点にして順番に当てはめていくと10と12ですから、11年目からは組み合わせが段々ずれて変わっていきます。そして60年で一巡り。これが、暦が回って戻る、すなわち「還暦」です。同時に、還暦を迎えられた方は新しい暦を刻むための出発点に立ったことになります。つまり還暦とは、60年の大きな節目を祝うだけでなく、新しい門出をも祝う誕生日でもあるということ。昔からの人々がこの習慣を大切に伝えてきたこともうなずけますね。

思い出に残る還暦のプレゼントを選ぼう!

「還暦には赤いちゃんちゃんこ」という習慣もまだまだ残っています。ですが、さすがに長寿社会の今となってはこれらに抵抗のある方も。だからといって赤い色にこだわる気持まで忘れる必要はありません。最近では、赤色は情熱の色、積極性や行動的な心を起させる色という考えもありますので、赤いスカーフや赤いブラウス、シャツ、バッグや小物の赤など、現代に合ったかたちの赤色のプレゼントを選んでみてはいかがでしょうか。ルビーに代表される赤い貴金属や、「赤」の付く地名のところへの旅行などを選ぶ方もおられます。また、庄内の特産品である「とのめうどん」も贈り物には最適です♪

ギャンブル依存症は精神疾患のひとつで、ギャンブルに対する依存症です。ギャンブルを渇望する、ギャンブルをしたいという衝動を制御することができない、ギャンブルをするせいで借金など社会生活上の問題が生じているにもかかわらずやめられない、といった症状を呈します。病的賭博、病的ギャンブリング(ギャンブラー)、強迫的ギャンブル(賭博)、強迫的ギャンブラー、パソロジカル・ギャンブリングともいいます。ギャンブルへの依存は、長らく意思薄弱・性格未熟など本人の資質の問題とされてきましたが、1970年代以降、精神疾患として認識する動きが広がっています。

治療には数年を要し、治癒したといえるためにはギャンブルを完全に絶つ必要があります。長期間ギャンブルを絶つことに成功した後でも再びギャンブルに手を出すとたちまち症状が再発するという特徴もあり、「ギャンブル依存症は治らない」といわれることもあります。治療法としては、心理療法が最も有力です。依存者自身のみならず周囲にいる人間への影響も大きく、周囲の人間が傷つく度合いにおいて、ギャンブル依存症を超える病気はないともいわれています。とりわけ家族については、患者本人とは別にケアを行うことが必要とされます。

症状

離脱症状は薬物依存症におけるものがよく知られており、アルコール、覚醒剤などの物質が体内に入った後で摂取されなくなり血中濃度が低下することで引き起こされます。ギャンブル依存症は薬物依存症と異なり物質を体内に取り込むことがないため、離脱症状が起こらないという誤解が生じがちでありますが、実際にはギャンブル依存者がギャンブルを絶つと集中力の低下や感情の乱れ、発汗、手の震え、不眠、幻視などの離脱症状に見舞われます。ギャンブル依存者はギャンブルが楽しくてやめられないと考えられがちですが、心理カウンセラーの丹野ゆき氏によると、実際には「やめなければ」という思いや借金に対するプレッシャーなど苦しさを感じつつギャンブルをしている場合がほとんどだといいます。丹野氏は、不快な感情やストレスから逃れようとしてギャンブルをした結果苦しさを味わい、さらにストレスを感じてギャンブルに走る「負のスパイラル」が存在すると指摘しています。

治療法

ギャンブル依存症を薬物を用いて治療する方法は確立されていません。帚木蓬生氏によるとこのことが、薬のない疾患に対して冷淡な傾向のある医学界が、ギャンブル依存症に大きな関心を寄せない原因のひとつになっているそうです。最も有力な治療の手段は心理療法です。心理療法を行う場合、1対1のカウンセリングはあまり効果がなく、集団精神療法を行うことが望ましいとされています。ギャンブル依存症を治療するには集団精神療法を週に1、2回、少なくとも2年間継続する必要があります。集団精神療法の効果は足→耳→口の順に表れるとされます。その意味するところは、まず集団精神療法に通うことが億劫でなくなり、次に人の話を聞くと共感を覚えたり感銘を受けるようになり、最後に自分自身のことを話すことができるようになるということです。ただし、精神障害や発達障害によりコミュニケ-ション能力に問題を抱えるギャンブル依存者は集団精神療法に参加して治療効果を得ることが困難な傾向があるようです。

集団精神療法は病院やギャンブル依存者の自助グループ、回復施設で行われています。病院については、ギャンブル依存症の治療に取り組んでいる医師は決して多くないため、予めギャンブル依存症を扱っているかどうか問い合わせる必要があります。自助グループと回復施設はともにギャンブル依存者の治療を行う場ですが、回復施設では専門知識を有する指導員の指導の下、通所だけでなく宿泊機能のついた施設に入所して治療を行うことも可能であるの対し、自助グループには専門の指導員がおらず、ギャンブル依存者の自由意思に基づいた通所による治療のみが行われます。集団精神療法を行う際にはまず回復施設で治療プログラムの基礎を身につけ、その後自助グループに通うことが望ましいとされています。ギャンブル依存症には、長期間ギャンブルを絶った後でも一度ギャンブルに手を出すと再び依存症になるという特徴があります。したがって治療においては二度とギャンブルに手を出さない意思を継続させることが重要となりますが、そのためには集団精神療法への定期的な参加を日常生活の中に組み込み、他のギャンブル依存者と連帯感をもつことが有効であるとされます。

買い物依存症は精神疾患の一つであり自身にとって不必要、あるいはすでに同様の物を所持しているにも関わらず大多数の物品を購入してしまうという症状です。買い物依存症の主な原因としてはストレスが挙げられており、イライラしたり不機嫌になる毎にデパートなどに行き買い物をし、物質的に満たされるという快楽を得ることで心を癒しています。比較的女性の方が買い物依存症に陥る傾向が高いようです。対して男性の場合は同様のストレス解消の手段としてギャンブルを行っており、その症状はギャンブル依存症と呼ばれています。

自己顕示欲の強い人に多く見られる症状であり、自身の経済力を省みずにブランド品や高級品を購入してしまいカード破産やローン破産に陥ってしまったという事例も存在します。最近ではインターネットによる通信販売が普及した事により、支払能力が無く親の金を利用する学生やひきこもりが買い物依存症となる例も存在するようです。
アルコール依存症は薬物依存症の一種で、飲酒などアルコールの摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に強く囚われ、自らの意思で飲酒行動をコントロールできなくなり、強迫的に飲酒行為を繰り返す精神疾患です。患者は、アルコールによって自らの身体を壊してしまうのを始め、家族に迷惑をかけたり、様々な事件や事故・問題を引き起こしたりして社会的・人間的信用を失ったりすることがあります。 以前は慢性アルコール中毒と呼ばれていたこともあり、このような状態になってしまうのは本人の意志が弱く、道徳観念や人間性が欠けているからだとの考え方で済まされて納得されてきましたが、最近では社会的な必要性からも医学のカバーする範囲がより拡大されていくことに伴って、医学的見地から精神疾患の一つとして治療を促す対象と考えられています。飲酒が自分の意志でコントロールできなくなる症状を精神的依存、震顫妄想などの退薬症状を身体的依存と言い、アルコール依存に限らず他の様々な薬物依存症も同じような特徴を持っています。日本の飲酒人口は6,000万人程度と言われていますが、このうちアルコール依存症の患者は230万人程度であると言われています。飲酒者の26人に1人がアルコール依存症という計算になり、精神疾患の中でも罹患率が高く、各人の性格や意志にかかわらず誰でもかかる可能性がある病気であるとも言えます。体格や女性ホルモンなどの要因から、男性よりも女性の方が少量の飲酒で依存症に陥ってしまう危険が高いようです。

アルコール依存症の治療

アルコール依存症の治療でまず肝腎なことは「本人の認識」です。多くのケースでは依存を認めてしまうと飲酒ができなくなるため、患者は自分がアルコール依存症であることを認めたがりません。何よりもまず、本人に疾患の自覚と治療の意志を持たせることが大切であり、回復への第一歩となります。アルコール依存症の人の過剰な飲酒は、意志が弱いから・道徳感が低いからと言われたり、不幸な心理的・社会的問題が原因であると考えられがちだが実際はそうではなく、多くの場合この病気の結果であることがあります。つまり、アルコールによって病的な変化が身体や精神に生じ、そのために過剰な飲酒行動が起こるということ。このことをまず本人や周囲の者が理解し、認めることが、この病気から回復する上での欠かせない第一歩となるのです。ただ、一度アルコール依存症になってしまうと治療は難しく、根本的な治療法といえるものは現在のところ断酒しかありません。しかし本人の意志だけでは解決することが難しいため、周囲の理解や協力が求められます。重度の場合は入院治療が必要な場合もあります。但しそれでも完治することはない不治の疾患であり、断酒をして何年、十何年と長期間経過した後でも、たった一口酒を飲んだだけで、遅かれ早かれまた以前の状態に逆戻りしてしまいます。そのため、治療によって回復した場合であっても、アルコール依存症者が一生涯断酒を続けることは大変な困難を要します。なお、現在では、精神科において断酒会やAA等自助グループへの参加を奨励すると共に、ノックビン、シアナマイド経口薬などの抗酒剤の使用により、アルコール摂取を禁止し治療を進める病院が多いようです。
覚醒剤の歴史は1885年、長井長義が麻黄からエフェドリンの抽出に成功することに始まります。1887年にエフェドリンからドイツでアンフェタミンが合成され、1893年、長井と三浦謹之助によってエフェドリンからメタンフェタミンが合成されました。そして1919年、緒方章がメタンフェタミン(ヒロポン)の結晶化に成功します。

覚せい剤として使われ始めたのは、アメリカで薬理学者ゴードン・アレスが、1933年、アンフェタミンから吸入式喘息薬を開発して、ベンゼドリンとして市販されたことがきっかけです。咳止めより疲労回復のために長距離トラック運転手が、スーパーマンになれる薬として学生の間で乱用され、また食欲減退効果があることから、ダイエット薬として販売する業者も現れました。こうした乱用の報告を受けてアメリカ食品医薬品局 (FDA) が、1959年に処方制限に踏み切りました。

アンフェタミンより数倍の強力な効果があるメタンフェタミンはドイツでペルビチン錠として1938年に市販されましたが、早くも弊害に気づいて1941年に危険薬物に指定されていました。日本では1941年に武田薬品工業からアンフェタミン製剤をゼドリン、大日本製薬からメタンフェタミン製剤をヒロポンとして市販されましたが、効果も売上げもヒロポンの方が上だったそうです。軍は生産性を上げるべく、軍需工場の作業員に錠剤を配布して10時間以上の労働を強制したり、夜間の監視任務を負った戦闘員や夜間戦闘機の搭乗員に視力向上用に配布しました。これが、いわゆる「吶喊錠」・「突撃錠」・「猫目錠」です。夜間戦闘機月光搭乗員として6機ものB-29を撃墜したエース、黒鳥四朗海軍少尉・倉本十三飛行兵曹長のペアが、戦後その副作用に苦しめられたのが有名な例です。

やがて日本が敗戦すると同時に軍部が所蔵していた注射用アンプルが流出し、戦後間もない闇市ではカストリ焼酎一杯より安い値段で1回分のアンプルが入手できたため、芸人や作家やバンドマンといった寸暇を惜しんで働く者たちから、興味半分で始めた若者まで瞬く間に広がり、乱用者が増加していきます。また1943年から1950年までは、印章さえ持っていけば誰でもヒロポンのアンプルや錠剤を薬局で購入できたため、タクシーの運転手や夜間勤務の工場作業員など、長時間労働が要求される職種の人々に好んで利用され、その疲労回復力から大変重宝されました。しかし即効性の高いアンプルは常に闇に流れ品不足が常態化しており、1949年の新聞で、薬局では錠剤しか入手できなかったと報道されています。この結果、日本ではメタンフェタミンが社会に蔓延し多数の依存症患者を生み出す事となったのです。

覚せい剤蔓延が社会問題化したことを受けて1951年に覚せい剤取締法の制定と施行によって覚せい剤の使用は減りましたが、覚せい剤取引は地下に潜って暴力団などの主要な資金源となっていきました。覚せい剤自体は非常に安価に製造できますが、取引が非合法化されているため闇ルートでの流通となり、末端価格は数百倍にも跳ね上がります。このため、密輸や密売があとを絶ちません。近年では、北朝鮮・台湾・トルコなど大陸からの密輸も相当量あるといわれ、特に北朝鮮のそれは同国の主要な外貨獲得手段となっていると指摘されています。中学生・高校生が栄養剤感覚や痩せ薬感覚で手を出したり、主婦がセックスドラッグと騙されて服用するケースも増加し、薬物汚染として社会問題になっています。1980年代後半以降は芸能人・ミュージシャンなどの知名度や影響力の高い人物が覚せい剤使用で検挙されるケースも後を絶たず、繰り返しセンセーショナルな社会的話題となっています。2005年には小林憲司(当時民主党衆議院議員)が覚せい剤所持で逮捕され、衆議院議員在職中にも覚せい剤を使用していたことが判明し国民に大きな衝撃を与えました。
アンフェタミン、メタンフェタミン、コカイン、メチルフェニデートなどは、脳内報酬系としても知られています、腹側被蓋野から大脳皮質と辺縁系に投射するドパミン作動性神経のシナプス前終末からのドパミン放出を促進しながら再取り込みを阻害することで、特に側座核内のA10神経付近にドパミンの過剰な充溢を起こし、当該部位のドパミン受容体に大量のドパミンが曝露することで覚醒作用や快の気分を生じさせます。MDMAはこれらの作用に加え、セロトニンの放出をも促進します。メチルフェニデートの塩酸塩にあたる塩酸メチルフェニデートは注意欠陥多動性障害(ADHD)やナルコレプシーに対して処方されます。しかし作用機序がメタンフェタミンと類似しているものの、他の覚せい剤や麻薬と比較して規制が緩いため乱用目的で入手・使用する者もいるようです。連用すると耐性を生じ、以前と同じ効果を得るためには摂取量の増量が必要になってしまいます。

副作用としては、血圧上昇、散瞳など交感神経刺激症状があります。発汗が活発になり、喉が異常に渇きます。内臓の働きは不活発になり多くは便秘状態となります。性的気分は容易に増幅されますが、反面、男性の場合は薬効が強く作用している間は勃起不全となります。常同行為が見られ、不自然な筋肉の緊張、キョロキョロと落ち着きの無い動作を示すことが多くあります。更に、主に過剰摂取によってですが、死亡することもあります。食欲は低下し、過覚醒により不眠となりますが、これらは往々にして使用目的でもあります。中脳辺縁系のドパミン過活動は、統合失調症において推定されている幻聴の発生機序とほぼ同じであるため、覚醒剤使用により幻聴などの症状が生じることがあります。ごくまれではありますが、長期連用の結果、覚醒剤後遺症として統合失調症と区別がつかないような、慢性の幻覚妄想状態や、意欲低下や引きこもりといった、統合失調症の陰性症状の様な症状を呈し、精神科病院への入院が必要となる場合もあるようです。まれに、覚醒剤の使用を中断しているにも関わらず使用しているときのような感覚が生じることがあり、フラッシュバックと呼びます。フラッシュバックは使用直後に生じる場合から、使用を中断して数年を経て経験する場合まであるようです。

静脈内注射に伴う合併症としては、注射針の共用によるC型肝炎、HIVの感染、注射時の不衛生な操作による皮膚・血管の感染・炎症、敗血症などがあげられます。加熱吸引の場合には、角膜潰瘍や鼻腔内の炎症や鼻出血、肺水腫がみられます。
覚醒剤は、中枢神経を興奮させ覚醒作用をもたらす物質です。このうち中枢神経刺激薬は、脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化する働きを持つ向精神薬の一種で、ドーパミン作動性に作用するため、中毒症状は統合失調症に酷似しており、嗜癖・依存に誘発された精神病は、重篤になりやすいようです。日本においては、覚せい剤取締法で規制されている薬物であり、規制対象としての覚醒剤は「覚せい剤」と記載されます。

覚醒剤という名称は、元々は『除倦覚醒剤』などの名称で販売されていたものが略されたもの。この『除倦覚醒剤』という言葉は戦前戦中のヒロポンなどの雑誌広告などに見受けられます。健康面への問題が認識され社会問題化し法規制が敷かれる以前は、現在の覚せい剤として指定されている成分を含んだ薬品は、疲労倦怠の状態から回復させ眠気を覚ますための薬品として販売されていました。

覚せい剤取締法で規制されている薬物として、フェニルアミノプロパン(アンフェタミン)、フェニルメチルアミノプロパン(メタンフェタミン)、及びその塩類やそれらを含有するものがあります。これらは、一般に、数度の使用によって強い嗜好性が生じ、習慣性の依存状態となりやすいのが特徴です。日本では他の麻薬と区別され、所持、製造、摂取が厳しく規制されています。フェニル酢酸から合成する手法が一般的ですが、アミノ酸のフェニルアラニンを出発物質として合成することもできます。